「アイアムアヒーロー」第104話/105話/106話【ネタバレ注意】

今回は完全ネタバレですのでご注意願います。

サイトの記事を書きかけては途中でほったらかしにするのが私の悪癖で大変恐縮しているのですが、「ZQNについて」の項ももその例に漏れず、書き始めたところでとまっております。




一つには身辺何かと慌ただしく、落ち着いて長文を書く時間がなかなか取れないこと、もう一つにはここ最近、時系列表の作成にかかりっきりで他のページに手が回らなかったせいなのですが、最大の理由は、箱根編に入って以降、作品内でZQNの設定条件に大きな変化(深化?)が見られ、それによっては「ZQNについて」の項、あるいはそのほかの項も大幅な書き直しを迫られる可能性が出てきたからです。

当方のサイトでは、ZQNとはZQNウイルスに感染した「生きた」人間、という解釈に立っています。ZQNは、ZQNウイルスによって賦活され強力な筋力を発揮するようになり、一方、意識レベルは極度に低下している(しかし、情動レベルの感情は保っている)、生きた人間、という立場です。

もちろん、そうだと主張しているわけではなく、また、そうあって欲しいと願っているわけでもありません。あくまで、現時点までの描写から、私なりに立てた仮説に過ぎません。

サイトに記載の通り、仮説を立てるにあたっては以下の三原則に従っています。

  1. 漫画内の描写に矛盾しないこと。(大前提)
  2. 科学、特に生物学の知見と極力矛盾しないこと。
  3. なるべくシンプルな仮説であること。また仮説は最小限であること。

誤解してほしくないのは上記の2で、別に作品が科学的に正しくなければならないと主張しているわけではありません。そんなことを言えば、あらゆるSFは成立しなくなります。

作品内で設定したイフ(if)がどうであってもいい、死体が動こうが、宇宙人が操っていようが別にかまいません。ただ、設定されたイフ以外の部分は、できるだけ厳密に科学的に解釈したい、ということです。

個人的な好みを言えば、イフの数は少ないほど嬉しいです。ほんのわずかのイフで世界はこれほどまでに豹変するのか、という驚きこそがSFのセンスオブワンダー(死語?)の神髄だと思っているからです。

私の好みはさておき、仮説は仮説、あくまで作業仮説ですから、作品内の描写に矛盾するようになれば、仮説を捨てるか、修正する必要があります。

さて、皆様お気づきの通り、箱根編に入って、ZQNについてこれまでにない描写がされるようになりました。場合によっては、これまでのサイトの仮説を捨てなければならない変化です。

まず104話。頭を打ち抜かれた(ように見えた)妊婦が、なおも活動を続けるシーンが描かれました。英雄が語ったように、もし「死体が赤ちゃんZQN(赤ちゃんには、目の充血や血管の隆起等、明らかなZQN感染症状が出ていました)によって操られていた」、とするならば、これはもう完全にウイルスとか死んでいる、生きている以前の別のお話、ということになります。

果たして実相はどうなのでしょうか。恐る恐る開いた105話では、妊婦の頭のかなりの部分が吹き飛ばされているものの、完全には損傷されていない、という描写でした。実際のところ、(母親は完全に死んでいて)赤ちゃんに操られている、とも、完全には脳が破壊されておらず、子を思う親の執念で動き続けた、ともどちらとも解釈できるような描写です。




このあたり、読者に多様な解釈を残すために、作者が意図してどちらにも解釈できるような描写をしたようにも感じられます。

さて、106話。藪の爆弾発言が飛び出します。


藪が英雄に語った右のコマ。「呼吸もなく、瞳孔散大して反応もない。脳幹反射が消失しているのに動いている」というセリフです。

最初にこれを読んだときは、あぁこれはもう完全に仮説を棄却しなければならないな、と思いました。呼吸もしていないのに、あれだけ激しい運動を続ける、というのはもはや生物学の法則から完全に外れています。

どうやらZQNを動かしているのは、科学とは別の原理らしいぞ…。


しかし、よくよく考えてみればこれは変です。いや、呼吸もしないのにZQNが動き回るのが変ということではなく、藪の、呼吸が停止している、瞳孔の反射もない、という観察の対象が、実際に動き回っているZQNであるというのが変です。

いつ襲ってくるかもしれない、いや襲ってきている最中かもしれないZQNを、そんなに落ち着いて診断したわけはないでしょう。

おそらく藪のこのセリフの意味は、一度、医学的には明らかに死の判定を下した「死体」が、その後動きだしてZQNとなったことを言ったものと思われます。

屋上テントの「幕僚会議」で、伊浦やブライが英雄に語りました。屋上に逃げてきた自衛隊員が感染していて、そいつが発症しZQNとなったことで、屋上の住人の半数が感染し、下に落とされたと。

おそらく藪はその時、看護師としての使命から、倒された住人を治療し、診断したのでしょう。そしてその診断で、医学的には死んだと思われた「死体」が、再び活動を始めて「ZQN」となったことを、先のセリフは語っているのだと思います。

そうだとすれば、それはみーちゃんや首吊りZQNのように、一時的な疑死の状態であったという解釈は、引き続き可能です。生体として完全な死を迎える前にZQNウイルスに感染していれば、脳幹など最低限の機能はZQNウイルスによって維持され、ZQNウイルスが充分な量まで繁殖した時点でZQNとして活動を始める、という解釈です。

もちろん「一度完全に死んだ人間」がZQNウイルスによって復活する、という解釈もあるわけですが、脳の機能が、生から死に向かう時点での不可逆的な境界線を越えてしまった後、それがZQNウイルスの働きであれ何であれ、再び機能を復活して感情を働かせる、というのは、私には余分な「イフ」であると思われます。

いずれにしろ、現時点では仮説を捨てるかどうかの判断はできません。
今後、また新たな描写が出るまでは、判断は保留ということになると思います。

※記事中で引用した画像は単行本・花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)、または週刊『スピリッツ』(同)より

(2012/03/21 17:29 投稿)