涙についての考察

街で見知らぬ女性が泣きながら歩いているのを見かけたとします。あなたは彼女がなぜ泣いているのかその理由がわかるでしょうか? 当然わかるはずはありません。知り合いでもなく、事情を知っている相手でもなければ、彼女の涙の理由を知るすべはないからです。




画像は第82話、陸上ZQNが犠牲者の頭を「ガキ、ゴリ、ゴク」と咀嚼した直後に見せた涙です。ここで陸上ZQN がなぜ涙を流したのか、連載時、あるいは単行本刊行当時、その理由を訝しむ読者の疑問を何度か目にしました。

陸上ZQNの涙

作者は陸上 ZQN がどのような過去を背負ってきたか、作品内でなにも語っていません。そのふるまいから陸上競技者であったこと、おそらくはデカスロンの選手であったであろうことは伺えます。そしてその競技に強い執着、あるいは情熱を持っていたことも。しかし彼に具体的にどのようなヒストリーがあったのかは描かれておらず、当然読者もそれを知りようがないわけです。

読者に、陸上ZQNが涙を流した理由を知るすべはありません。つまり作者にはその理由を読者に伝えようとする意図はまったくなかったということになります。言いかえれば、読者がその理由を考えることも作品理解には直接結びつかないということになります。

では作者は何を伝えようとして陸上ZQNの涙を描いたのでしょうか。

冒頭の例に戻ります。街で見知らぬ女性が泣きながら歩いたのを見かけたとします。あなたには彼女の泣いている理由はわかりません。しかしわかることもあります。それは、彼女の中に、涙を流させるような感情の動き、おそらくは悲しみの感情のあるであろうことです。それは当然のことだろう、と思われるでしょう。しかしそれが当然であるのは、相手が自分と同じ人間であり、同じ人間であれば、同じように感情を持っている、という前提があるからこそです。

ZQNに関しては、物語のここにいたるまで、命の絶えた人間がただ反射で体を動かしている、あるいは何者かに操られて生きているだけの、心を持たない存在なのか、それとも異形の姿となってもなお人の意思や感情を、たとえ一部でもその中に残しているのか、明確には語られてきませんでした。読者にとっても、そして何より主人公英雄にとっても、まだ解答を得ていないままでした。

作者がここで陸上ZQNの涙を描いたことは、その解答を提示するためだったのではないでしょうか。ZQN の中に生きた感情の動きのあることを――それが具体的にどのような動きであるのかは別にして――まず読者に対して提示しようとする意図があったのではないかと思われます。

その意図はここから 3話くだった第85話でさらに明確になります。画像は、ブライに煽られ、ZQNを次々に狙撃し続ける英雄の前に登場した女性ZQNです。彼女は唐突に笑顔を見せました。

笑うZQN

陸上ZQNの場合と同じく、いやそれ以上にここで彼女の笑った理由は不明です。しかしその笑顔は、彼女の中に生きた感情の存在していることを、読者とともに、主人公英雄に対して強く示唆しています。

英雄にとって ZQN が単に動きまわる死体であるのか、それとも生前と多少でも連続したヒトであるのかは、物語の初期からずっと切迫した問題であり続けてきました。正確に言うならば、ZQN という存在がいまだ内に人の心を持っているという可能性は、是が非でも否定したい考えでした。ZQN が単なる動くシカバネであってほしいというのは、悲鳴にも似た英雄の願望となっていました。

徹子のアパートで、激情にかられた英雄はてっこのクビを切り落としました。

自分が嫉妬のあまり、まだヒトの心を持っていた徹子の命を絶った殺人者であるというという認識を受け入れるほど、英雄の心は強いものではありませんでした。妄想上の矢島を登場させ、自らの行為の合理化を図ったのも自分の心を守るためでした。てっこはすでに死んでおり、目の前の存在はてっことは別の何者かであった、あるいは自分の行為で徹子は何者かから解放されたのだ。英雄は自らにそう思い込ませることで、呵責の念から逃れようとしてきました。

しかし、ショッピングモールに至るまで、あるいはモールで目撃した数々の ZQN の生態は、徐々に英雄に望まざる現実の認識を迫ってきました。なにより半感染状態の比呂美の存在は、英雄に徹子に対してとは正反対の認識を働きかけるものでした。

そして目の前の女性 ZQN が見せた笑いは、英雄に、ZQN の中に生きた感情の残っていることを明確に示したのです。その女性 ZQN を、一連の、なかば自動化した流れの中で頭部を吹き飛ばして斃した英雄は苦渋の表情を見せます。

英雄の苦渋

感情を持った存在であることを認識した上で ZQN を斃したこと、それは徹子の首を切り落とした行為にそのままオーバラップします。

英雄の心はここで強い圧迫を受けたはずです。英雄を含め、屋上の住民はみな非日常の強いストレスにさらされていました。ストレスから心を守ろうと、例えばブライは彼の心の中の物語の世界へと逃避しました(「夢についての考察-ブライ」(後日掲載予定)。

英雄の心は、英雄自身自覚のないまま、自らの感覚を鈍麻させることにより、これに耐えようとします。そして後に藪の指摘により、唐突にそれを自覚することになります。

藪の指摘

以下「ヒーローについての考察(仮題)」に続く予定。




※記事中の画像は花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)単行本より

(2017/03/27 21:37 投稿)