「アイアムアヒーロー」第154話・155話【ネタバレ注意】

超多忙のため先週はお休みしました。二週分まとめてネタバレ的なことも書きますので、未読の方はここでスキップお願いします。



いきなり個人的な話で恐縮なのですが、今週号の舞台、箱根湯本の山の斜面の住宅街と、その中を縫うように下る、車一台がやっと通れる細い坂道の描写を見て、懐かしく、足がうずいてしょうがありませんでした。といっても実際にここを通ったことはありません。

今はヒザを壊してお休みしていますが、私は自転車(ロード)が大好きで、以前は毎月のようにレースに出たり、東京から広島、東京から新潟、大阪に越して来てからは浪速区から南紀白浜へと無暗に長い距離を走るのが好きでした。ちなみに引退前はJCRCのAクラスでした。

大阪に来て、普段練習で走りに行くときは大部分は生駒方面でした。特によく使ったのが葡萄坂とか十三峠などの生駒山系西側の坂や峠です。生駒山系は、峠の標高こそ400~500mとそれほど高くはありませんが、西側斜面はなかなかに急峻で、どの道にとりついても必ず10%を超える坂があります。

平均斜度が20%を超える有名な暗(くらがり)峠(R308)は別格としても、15%程度の登りはそこら中に転がっています。そして生駒西斜面は大阪平野の東縁でもありますので、斜面の結構上の方まで住宅地が達しています。いきおい、住宅街の中を、笑ってしまうほどの急坂が走ることになります。隣の家の玄関が、手前の家の二階の高さにあるというのも普通です。

そういう坂を、タイムトライアルモードで心拍数190くらいで登るのも(当時の私の最高心拍数は195くらい)、あるいは逆にギア比1くらいのギアで止まらない(後ろにズリ下がらない)ギリギリのペースでのんびり登るのも、どちらも好きでした。

今回登場した箱根湯本が、私の足に、似たような生駒の坂の一つ(青谷からの登り)を思い出させてくれたのです。

下の写真は、今号(155号)冒頭で藪と英雄の覗き込んだカーナビ画像の場所のgoogle航空写真です。A地点が現在地、B地点が目標の銃砲店です。この写真だけだと箱根湯本のどこなのかわかりませんが、写真をクリックすれば該当の Google マップに飛びますので、適当に拡大・縮小してみてください。

残念ながら、2013年9月9日現在、この細い坂道にはgoogleストビュー車は入ってきてないらしく、このあたりのストリートビュー画面はありません。

いつかヒザが治ったら、富士吉田市の「樹海」から鎌倉街道で御殿場へ、御殿場から箱根裏街道を通って箱根湯本あたりまで、比呂美一行の走った道のりをサイクリングしたいと思っています。このブログをお読みの方で、もし御同好の士がいらしたら、何年先かわかりませんが、ぜひ一緒に走りましょう。ただし須走から5合目への登りはヒザの都合でパスさせていただきます(^ε^)

比呂美一行の走った道のりと書きましたが、154話で一行が芦ノ湖「テント」村から箱根湯本へ移動したコースは、箱根裏街道ではなく芦ノ湖の西側からパイパスで迂回するコースでした。「つんつるてん」で私の予想した箱根裏街道を通るコースはいずれも外れでした(そのうち今回のコースも、聖地巡礼マップ「芦ノ湖編」に付け加える予定です)。

藪の妹=基地の性同一性障害の女

外れと言えば、グルーオン=藪と久喜組との接点となる人物の予想も丸外れでしたね。先々週の記事で、私は藪と久喜組との接点は崇と予想していましたが、先週第154話で明かされた通り、それは基地の風呂場でZQNに襲われて感染した、性同一性障害の女でした。

私が崇と予想したのは、まず崇が久喜編の主人公であったことと、もう一つは単に消去法です。久喜編の主要登場人物のうち、おばちゃんと苫米地は何となく流れ者っぽいのでまず除外。中学生の春樹と城(キズキ)は、年齢差があり過ぎて接点が無さそうで除外。残るは崇だけだろう、と思ったわけです。なぜか、性同一性障害の彼女のことだけはすっかり頭から抜けていました。

もっともこの藪の妹が再登場する可能性は低そうですので、藪と久喜組を結びつけるのは、藪の彼氏である「元ヤンキー」の絡みとなりそうです。久喜編の登場人物の誰になるでしょうか?

さて、藪の妹が、基地の性同一性障害の女であったとすると、藪の語った、妹とつきあって中絶したという「彼女」は、崇や春樹が殺人の練習台にした、隣家で捕縛されていた女ZQNである可能性が高そうです。そう、性同一性障害の彼女の発症前の「幻覚」にも登場した後ろ手に縛られていた女ZQNです。

ここで幻覚を「幻覚」とカギカッコつきで書いたのには理由があります。連載時には私は、妹が発症直後に「会話」した隣に座っている女ZQNは、ZQN感染時の初期症状が妹に見せた幻覚だろうと解釈しました。

チャネル

しかし、前回154話と今回155話で比呂美の語った内容からすると、どうやらZQN感染者同士は距離に関わらず直接意思の疎通を行う能力を有するようになる、あるいはもしかするとZQN全体の集合意識というのがあって、そこに感染者の意識が参加する、ということが明らかになってきたからです。

そうであれば藪の妹が風呂場で話した「彼女」も、ZQNの初期症状が見せた「幻覚」ではなく、ZQNの初期症状として妹と女ZQNとの間の意思疎通チャネルが開かれた、という描写だったのかもしれないからです。いや、藪の説明から伺える妹の「彼女」の性格と、風呂場での「彼女」のしゃべり方から伺える性格の符合、そして「彼女」の話が妹の脳内での自問自答というより、そうした性格の「彼女」がいかにもしゃべりそうな内容であることから判断すると、どうやら後者が正しそうです。

また、154話で比呂美の語った「寝てる間…ずっと声かけられてたの」「髪の長い男の人」(に)、というセリフにより、(手術後の)睡眠中の比呂美と(元祖)来栖との間の交信が行われたことも示されています。132話で、キズキに助けを求められた来栖が半睡状態で「今話し中」と答えたときが、その交信中だったのだろうと思われます。

伊浦や苫米地の観察による並ZQNの行動から判断すると、おそらくこのチャネルは、覚醒者同士の間だけでなく、並ZQNにも開かれているようです。ただ、覚醒者同士の場合は同じチャネルを介して相当遠隔地での交信や、有意言語のやり取りが可能であったり、あるいは覚醒者による並ZQNのコントロールが可能になるのかもしれません。

比呂美が並ZQNから覚醒者となったのは、おそらく藪による抜釘手術のときでしょう。交信の順番から言うと、手術で抜釘された比呂美が巨木が天に向けて抜かれて行く夢(か幻覚)を見たタイミングで「覚醒」し、その際に(無意識に)グローバル発信された ping が来栖に届き、それに対して来栖が ping back したのではないでしょうか(「宇宙人」のシンボルが比呂美と来栖の両方の視野に登場していることから)。

生物都市

今回155話の比呂美のセリフを読んで、古くからの漫画、SFファンが真っ先に思い出したのは、諸星大二郎先生の「生物都市」ではないでしょうか。少年ジャンプの手塚賞で諸星先生がメジャーデビューした作品です(私がジャンプに掲載された同作品を読んだのは、生涯で一番SFに狂っていた中学二年生の時)。

未読の人にはこの「生物都市」はぜひ読んでいただきたい作品なので極力ネタバレを避けるようにあら筋を書きますと「外部から持ち込まれた何物かに(文明世界の)人類が次々飲みこまれてゆく。最初それは厄災と思われたが、実は…」というお話です。

最後に飲みこまれた科学者の発した「夢のようだ…新しい世界がくる…ユートピアが…」のセリフはSF仲間の間では超有名になりパロディにもされました(作品中では、もちろんそれをユートピアとは思わない人も登場します)。

少なくとも私は、今回の比呂美の語った「なんかね、感染してる間ね、楽しかったの」のセリフで、まず最初に生物都市の「夢のようだ…」を連想しました(あと「寄生獣」でミギーが、後藤に取りこまれていた時の記憶を語るシーン)。

なお「生物都市」は、現在発行されている単行本の中では「彼方より (諸星大二郎自選短編集) (集英社文庫)」という作品集に収録されています。

この、ZQN同士が意思疎通のチャネルを持っている、あるいはZQN全体の共有意識があり、感染者はその中に参加する、という設定は、モール編以降、暗示的に示された様々なエピソードをの意味を解き明かしてくれます。モール編では伊浦が観察した ZQN の行動、伊浦の最期の言動、久喜編では先ほども書いた藪の妹の発症後の行動、苫米地の観察したZQNの南下、ZQNの巣(襲ってこない並 ZQN )などです。

新たに明らかになったこうした設定を、作品の世界観の広がりと受け取るか、作品の変容と受け取るかは人によって分かれると思います。私にとってのアイアムアヒーローは、今でも圧倒的に樹海編の魅力が超越した作品なので、正直、今になってこうした設定を持ち出されてもという思いはあります。梯子を外されるの反対で、床下からジャッキで持ち上げられたような気分です。

しかし同時に、私の錆びついたSF魂に油を注してくれる力技の展開を見せてくれるのなら、それもまた趣きかな、という気持ちも持っています。




SFファンと言っても私はサイバー系以降のSFはほとんど読んでいません。また、この作品のサイトやブログを作っていながら、実はいまだにゾンビものの映画を見たことがありません(もともとゾンビ漫画として読んでいないので)。

ですので、ゾンビ同士が遠隔で意思を疎通する、もしくは意識を共有するという設定のゾンビ映画・小説がすでに存在してるのか、あるいは本作がゾンビ作品に新境地を開拓するものなのかはわかりません。しかし、少なくともこの機軸で発想を膨らませる余地は非常に大きいと思います。

単行本情報のページにも書きましたが、来月10月30日に発売の13巻は、今週第155話までの12話分が収録になる可能性が高いと思います。そのため、単行本の引きを作るために巻末に「あっ」という出来事があるかも、と予想していましたが、衝撃的とまでは言えない引きでした。

しいて言えば、”果たして次巻、女子高生比呂美との混浴は実現するか!?”というところでしょうか(13巻表紙が温泉シーンだったりして)。
※記事中で引用した画像は単行本・花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)、または週刊『スピリッツ』(同)より

(2013/09/09 06:42 投稿)