夢についての考察


比呂美
伊浦
サンゴ
目白
ブライ
黒沢
藪と母親
田村
英雄
父親 

父親

夢の登場人物のうち、モール屋上で登場した巨大なぬいぐるみは、藪と比呂美の母親のイメージの結合した姿のようです(これについては 「タバコについての考察」および「夢についての考察 #7 藪」(来週掲載予定)参照)。

一方、6巻第61話で比呂美の(夢の中の)自宅に登場した巨大なぬいぐるみは、おそらく比呂美の目の前にいる不動産屋ZQNと比呂美の父親のイメージの結合した姿と思われます。

父親のイメージと結びついていると判断した理由の第一は、まずその巨大さゆえです。

第61話の夢の中の比呂美は、小学校高学年~中学校低学年くらいに見えます。モール屋上の夢の中ではさらに小さく、小学校低学年のようです。その年代の子供にとって周りの大人が大きく見えるのは当然です。しかしモール屋上で比呂美が背負われることになった、あるいは自宅に登場したぬいぐるみは、比呂美の目に、ほかのぬいぐるみに比べてもひときわ巨大に映っています。

子供にとって周りの大人よりひときわ大きく見える存在とは両親に他ならないでしょう。思春期を迎え、両親を客観的に見えるようになったとき、突然親が周りの大人と同じ尺度で見えてくるようになる、というのは多くの人が成長過程で経験することです。




理由の第二は、単純にそこが自宅であることです。当たり前ですが、自宅にいる大人は、普通親と考えて良いでしょう。親であるとして、母親と父親のどちらでしょうか?

以前の考察では私は、自宅のぬいぐるみも、モール屋上の藪とイメージの結合したぬいぐるみも、いずれも比呂美の母親の象徴ではないかと推測しました。その巨大さも含めて両者の外見が良く似ていたからです。また、自宅のぬいぐるみに対し激しい憎悪とともに若干の同情を見せた態度と、屋上のぬいぐるみに対し軽い嫌悪とともに深い信頼・帰依を見せた態度も、共通しているように思えたからです。

屋上の巨大ぬいぐるみが藪と母親のイメージの結合しているのは明らかでしたから、自宅のぬいぐるみも同様に母親の象徴であり、したがって母親に対して愛憎いりまじった心理が比呂美の中にある、と推測したのでした。

しかし、何度も読み直すうち、屋上で藪=母親に対して見せた信頼し帰依する態度と、自宅のぬいぐるみに対して見せる激しい憎悪が両立するとはどうにも思えなくなり、また、自宅のゆいぐるみと現実に結びついているのが男性である不動産屋ZQNであることから、こちらは父親のイメージと結合していると解釈するのが自然だろう、と思うようになりました。

両親の離婚

屋上の登場人物がすべて実際に物語の中に登場したのに対し、比呂美の両親は一度も(回想の中にすら)登場していません。

12巻までを通しても、両親について触れられたのは、比呂美が言及した以下の四回だけです。

  • 3巻第32話187ページ。「お母さん起きてるかな?」と電話するシーン。
  • 4巻第37話54ページ。「あ、うん、いま、お母さんが入院してて着がえとか持っていくんで。」
  • 5巻第53話117ページ。
    荒木「へー早狩?めずらしいね。」「たしか東北に多いんだよね。ご両親はそっちの出身かい?」
    比呂美「ウチ、父はいないんで、母親が岩手出身です。」
  • 8巻第82話8ページ。「ぉおかぁさん」

このうち三つ目のセリフから、比呂美の父親がいないのは、死別したためではなく両親が離婚したためであることが伺えます。通常、死別した場合、母親が旧姓に復帰することはありません。また、結婚したときに母親の姓を名乗ったというわけでもなさそうです(それなら「父はいないんで」とわざわざ言わないでしょう)。

他に、5巻表紙で比呂美が座っている背景に「神谷家の墓」とあるのも、両親についてのヒントになっているのかもしれません。「神谷」が父親の姓であるのならこれは、父親がすでに死んでいるという意味なのでしょうか?それとも墓石に書かれた名前は、単に父親の家系の象徴なのでしょうか?

いずれにしろ表紙の墓石については、本編に登場していない以上、ここでは保留しておきたいと思います。

さて、6巻第61話72ページ目に、比呂美の家族写真が描かれています。非常に小さいため、描かれている五人のうちどれが比呂美かも判断しづらいのですが、この写真を撮った時点では比呂美に一人または二人の兄弟(または姉妹)のいたことが分かります。雰囲気的には左上が比呂美で、手前の二人が比呂美の弟か妹のように見えます。

しかし、樹海でも、あるいは感染後にも、比呂美が兄弟・姉妹に電話やメールで連絡しようとしたり心配するそぶりは一切見せていません。もし家族中に姉妹・姉妹がいたのなら、周囲からの疎外・孤独感の中で懸命に母親や彼氏に連絡を取ろうとした比呂美が、まったくその存在を思い出しもしないとは考えにくいことです。

おそらく両親の離婚の際、比呂美の兄弟・姉妹は父親に引き取られ、今現在の比呂美の家庭は母親と二人だけの母子家庭なのでしょう。

結合

では、不動産屋ZQNと比呂美の父親が、比呂美の心象イメージの中で結合した理由は何なのでしょうか?

比呂美の自宅のイメージの中に父親が登場したのは、比呂美が不動産屋ZQNから暴力を受けているまさにその瞬間です(実際には比呂美がケンカを売ったようなものなのですが…)。自然な推測として、両者のイメージを結合したのが暴力である、つまり比呂美は父親によって DV の被害を受けていたという推測が成り立ちます。

この時比呂美のイメージの中では電話線がモジュラージャックから外され、比呂美自身は、部屋の入り口の中途半端な場所で身を縮めています。

この二つのシーンは比呂美の孤立と、家庭の中で居場所も逃げ場所もない絶望感を描いたものでしょう。比呂美はこの小学校高学年ないし中学校時代の時期に、父親に DV を受けていた可能性が高いと思われます。

母親?

父親=不動産屋ZQNの手をねじ切って斃した直後、比呂美は少し矛盾した行動を見せます。自分が斃したにも関わらず、そのぬいぐるみ(不動産屋ZQN)の体を「手術、しないと…」と持ち上げたのです。

この一貫しない態度には、どうも斃れたZQNの姿から、病院に入院している母親を連想したのではないかという気がします。

また、仮に壊れたぬいぐるみを直すのであれば、「手術しないと」というより「修理しないと」と言うのが自然でしょう。もし壊れたぬいぐるみから入院している母親を連想したのであり、それに対して「手術」という言葉が浮かんだのであれば、比呂美の母親の入院は、内科的より、外科的手術を要する疾患であるのかもしれません。

DV





「手術しないと」とぬいぐるみを持ち上げた比呂美は、実際には治す(直す)どころか、ぬいぐるみの腹を割き綿を取り出しました。現実世界でも不動産屋 ZQN の内臓を掴み出し、あばら骨をへし折っています。

いったん平静を取り戻しかけた比呂美の表情にも再び血管が浮き出て目は充血し、内面の激しい怒りを示しています。唐突にも思えるこの怒りはどこから生じたのでしょうか?

ぬいぐるみの綿、つまり現実世界では不動産屋 ZQN の内臓に触れたとたんに怒りの発作にかられたということは、比呂美にとって生身の肉体、それもグロテスクな肉体に触れることが、怒り・憎しみを呼び起こすトリガーとなったことを意味しています。

それは比呂美が父親から受けた家庭内暴力が、単なる暴力ではなく、性的虐待に類するものだったことを推測させます。

そうだとすれば、61話で電話の子機から聞こえてきた「殺せ!!比呂美、ぶっ殺せ」の声は、外部からの英雄や荒木の攻撃をけしかける声ではなく、抑圧していた父親に対する憎しみが内部から噴出した、比呂美自身の声だったのかもしれません。

またそうだとすれば、両親が離婚した理由も、その際、比呂美だけが母親のもとに残った理由も自然に説明がつきます。また、何度も繰り返された「近い近い」に現れた、男性との接触に対するやや過敏とも思われる潔癖さにも、同様に説明がつきます。

まとめ

  • 61話の夢の中の自宅に登場したぬいぐるみは比呂美の父親の象徴。
  • 不動産屋ZQNと父親のイメージが結びついたのは比呂美の受けた暴力からの連想。
  • おそらくその暴力(あるいは性的虐待)が原因で母と父は離婚。
  • 比呂美の他の兄弟(姉妹)は父方へ。
  • 比呂美は今も心中父親を憎んでいる。

※記事中の画像は花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)単行本より

(2013/07/19 21:38 投稿)