藪のトレードマークにもなっているタバコは、藪と比呂美の関係においても重要な役割を果たしています。

第6巻第66話。

ショッピングモールに到着した英雄一行は、ブライの電動ガンの洗礼を浴びた後、集まってきた ZQN に追われてハシゴをモール屋上へと登りました。

先に登っていた藪は、立ち止まって一行を注視します。

勘違いした英雄は相好を崩しますが、藪が興味を持ったのは英雄ではなく比呂美でした。看護師としての観察眼でしょうか。比呂美の様子に何らかの異状を感じ取ったからです。






ここで比呂美は意外な行動をとります。英雄を置き去りにするようにすたすたと藪に歩み寄り、その顔を覗き込んだのです。

唐突とも思えるこの行動に、英雄も「えっ」と驚きます。

一見比呂美のこの行動の意味は取りづらいのですが、右のコマをよく見ると、比呂美の表情は描かれていないものの、その視線はタバコをくわえた藪の口元にじっと注がれていることがわかります。

また、直前の藪を描いた二コマを読み返すと、そこにはいずれもさりげなく、しかししっかりと、タバコをくわえたり指にはさんでいる藪が描かれています。

連載時、私はこのシーンを、比呂美がタバコ自体に強い関心を持っているからだろうと推測しました。もしかすると比呂美自身に喫煙習慣があるのでは、という趣旨のFAQを書いてしまったほどです。

このシーンの持つ本当の意味は、ずっと先の8巻82話でわかりやすく謎解きされます。

藪に背負われて梯子を降りる途中「おかあさん」とつぶやいた比呂美に、藪は答えます。「あんたの母ちゃんタバコ…吸ってたの?」

そうです。比呂美が注意を引かれたのはタバコ自体ではなく、タバコを吸う女性に対してであり、その理由は、タバコを吸う女性が、比呂美にとって強く母親を連想させる存在だったからです。意識の衰弱した状態の中にあってもなお、比呂美は入院中の母親を気にかけていたのでした。

さて、タバコをくわえた藪の顔を比呂美が覗きこんだこのシーン()は、物語上、極めて重要な瞬間です。




詳しくは「夢についての考察 #10 父親」「夢についての考察 #7 藪」(掲載予定)で触れますが、比呂美の「夢」の中の藪は、比呂美の母親のイメージと深く結合しています。

比呂美の「夢」の中で、藪と比呂美の母親のイメージがインプリンティングのように結びついた瞬間が、比呂美が藪の顔を覗き込んだこのシーン()であり、両者を結びつけたのが藪のくわえたタバコだったのでした。

※記事中の画像は花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)単行本より

(2013/07/12 16:06 投稿)