毅(こわし)たちの立て籠もった「基地」は、久喜市から幸手市へ連なる住宅街の中にあります。




上空から見るとこの辺りは、中心の住宅街を取り囲むように田畑が広がっており、基地の前にある田んぼは、逆に住宅街の中にポツンと取り残された田んぼであることがわかります。

下の左側の絵は羽生兄妹の立て籠もっている監視小屋で、右側のグーグルストリートビュー画像は、そのモデルにされたトタン小屋です。実際のトタン小屋には監視と射出用の狭間はついていません。

比較するとわかる通り、左の「基地」の回りの田んぼには苗が植えられた直後であるのに対し、右のストリートビューの画像では苗が青々と育っています。これは、ストリートビューの画像が(2012年)7月と夏に撮影されたものだからです。

カレンダーにある通り、崇が基地に入ったのは5月12日です。埼玉県の田植えの時期は4月下旬から6月下旬です。基地の前の田んぼでは、おそらく久喜市に感染が広がる直前の5月上旬に田植えがされたのでしょう。今は手入れする人も無く、点々と死体の沈む沼となってしまいました。

天候に恵まれて苗がこのまま育ったとしても、秋を迎えてその稲を刈り取る人はいそうにもありません。

※記事中で引用した画像は単行本・花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)、または週刊『スピリッツ』(同)より

(2013/06/28 02:00 投稿)