下の標識はこの地図のB地点にある「東海自然歩道」と書かれた標識です。比呂美は同地図のA地点の宿舎からこの樹海への入り口へと夜の道を歩いてきました。同地図を拡大すればわかる通り、富士の樹海の北辺、市街地と接するあたりです。




ちなみにこの標識のすぐ南に「山梨赤十字病院」があります。漫画内ではこの病院は「山梨赤字病院」となっており(笑)、後に登場する大勢の医者・看護師・入院患者ZQNたちは、この病院から銃声に引かれてさまよい出てきたものでしょう。

第3巻第32話。林間学校宿舎の夜、級友たちの言葉いじめに遭い、インチキじゃんけんの罰ゲームで「自殺者の写メ」を取ってこいと宿舎を追い出された比呂美は、内心傷つきながらも、けなげに明るく振る舞いながら前向きに夜道を歩きます。少なくとも、表面的にはそのように描かれています。

実際には、この時の比呂美の気持ちは絶望の底にあり、比呂美の歩く道は生と死の境界線上にありました。むしろ比呂美は、その境界線の向こう側へと足を踏み出そうしていたのかもしれません。表面的な明るさとは裏腹に、死の観念に囚われ、死の誘惑と戦いながらの道のりだったのです。

もちろん1巻から順に読んできて初めてこの32話を読む読者には、そこまでは読み取れません。私と同様、あぁ、けなげに明るく振る舞う女子高生だな、としか感じないはずです。しかし、さらに先まで読み進むことで初めて読者は、この時の比呂美が深い絶望と苦悩の中にあったこと、またこの32話の中に、慎重に、巧妙に死のサインが描かれていたことを理解します。

次のコマは、40話で比呂美が英雄に、自分がいじめの対象であったことを打ち明けたシーンです。汗、あるいは涙をぬぐおうとする比呂美の右腕手首に数条のリストカットの跡を認めた英雄は、ようやく比呂美と紗衣の関係を理解します(ここで英雄は、比呂美が「銃を貸して」と言う前に自分で始末しようとしています)。

リストカットの原因がいじめにあったことは間違いないでしょう。紗衣グループによる過酷ないじめにより、比呂美は一度は自殺寸前にまで追い込まれていたのです。

林間学校に来たこの日の前日、2009年5月2日土曜日は、比呂美の暗い学校生活に光明が差した日でした。早退した学校からの帰路、比呂美を追いかけてきた紗衣が、思いもよらず好意的な態度で接してきたからです。

これでもう紗衣グループのいじめから解放されるかもしれない、比呂美はそう期待したはずです。しかし明けて林間学校初日の宿舎の夜、再びいじめは復活し、加奈子や紗衣の言葉いじめに遭い、最初から仕組まれていたとしか思えない策謀により、深夜の樹海へと一人追い出されました。しかもそのダメ押しの一言は紗衣の口から発せられたのです。

一度希望を持った後だけに、比呂美の心の傷はかつて無いほど大きかったでしょう。

実際にはこの時の紗衣の気持ちは、比呂美の受け止め方とは正反対のところにありました。なんとか比呂美と級友の関係を改善しようとした紗衣の言動が、加奈子らのリアクションにより、すべて裏目裏目へと出てしまったのです(これについては後日「いじめについての考察」「フケについての考察」で取り上げる予定)。

もちろん比呂美には紗衣の気持ちはまったく伝わっていません。比呂美の心の中には、紗衣の豹変した態度への疑問、失望、あるいは憎しみが渦巻き、深い絶望に陥ったことは想像に難くありません。

その上、比呂美の歩いているのは自殺の名所であり、時刻は人の気持ちが一番ネガティブになる深夜です。リストカットの経験者である比呂美が、ここで自殺を思わないはずがありません。

次のコマで比呂美が歌っているのは来生たかおの「夢の途中」(あるいは「セーラー服と機関銃」主題歌)です。

比呂美が「古いのも聴くよ」という来生たかおのこの歌詞に、自分の自殺の後、紗衣たちがそれをどう受け止めるかと言う想像が込められている、というのはそれほど無理な解釈ではないでしょう。

樹海に踏み入った比呂美。月明かりが途切れ、漆黒となった樹海を歩きながら、比呂美は「こんなとこで死ぬの、私はやだなぁ…」とつぶやきます。

さりげないつぶやきのようでありながら、すでに死を決意し、その上で死に場所を探していると取れなくもない台詞です。

少なくとも、死の観念が、比呂美の頭の中にはあります。

この後、比呂美はついに英雄に出会います。正確には、地面にうずくまり何ごとかつぶやき続ける英雄を発見します。彼氏との約束で英雄に話しかけるのを逡巡する比呂美ですが、おかげで英雄のつぶやきを聞くことになります。

「悪いのは…世の中だって…」「俺じゃないって。」
「俺のせいじゃない…」「評価しない編集が悪い。」
「…中田が悪いんだって…俺じゃない」「俺は悪くない…」

これは、普通に聞けばとても共感できるつぶやきではありません。順調な人生を送っている人であれば、なんという自分勝手な理屈だと感じるはずです。前向きに生きている人からすれば、なんと甘えた人間だと思うはずです。しかし、英雄のつぶやきに比呂美は強い共感を示しましました。




なぜでしょうか。

それは級友から、もしかしたら教師や父親からも拒否され続け、理不尽な疎外感を味わい続けてきた比呂美に、英雄の苦悩がわがことのように理解できたからに他ならないでしょう。

比呂美は、この自殺志願者を救おうと手を差し伸べます。

もちろん英雄は自殺志願者ではありません。したがって比呂美が思い込んだように、彼女が英雄を救ったのではありませんでした。しかし比呂美は、この行為によって彼女自身を自殺から救うことになります(この項、次回「生きてて良かったについての考察」に続く)。

※記事中の画像は花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)単行本より

(2013/06/07 16:11 投稿)