希望についての考察
8巻の最終話となる第93話は、ショッピングモール編のエピローグとなる回であり、また生き残った少年に希望が託された回でもあります。
屋上の王国を蹂躙した陸上 ZQN は、最後に少年の祖母の脳を咀嚼しながらテントに近づいてきました。テントの中で荒木は決断を迫られます。

少年が食われてZQNになってしまう前に、自分の手で殺し、人間として死なせてやるか。それとも身を挺して少年を救うという勝算の薄い賭けに出るか。いずれにしろ荒木には過酷な決断です。
荒木には、英雄や比呂美と出会ったときに見せたような気さくな男としての一面もあり、また生きるために英雄や比呂美を利用しようと目論んだりするような小狡い一面もありました。つまり普通のどこにでもいる大人です。
その荒木が最期に、大人としての責任をまっとうします。「生きたい」という少年の意思を確認した荒木は、ガソリンだけを武器に陸上 ZQN と相打ちする作戦に打って出ました。荒木の勝算の薄い賭けは成功し、少年は屋上でたった一人、生き残ることが出来ました。
生き残っても過酷な世界であることには変わりありません。しかし少年は、夕闇迫るモールの屋上で自分に託された希望を心に刻みます。
さて、下の ZQNは、その第93話の冒頭に登場した ZQN です。

この ZQN にひっかかりを感じた方も多いと思います。行きずりのZQNとしては、妙に力の入った描かれ方がされているからです。実はこの ZQN が最初に登場したのは、93話から4話さかのぼった第90話です。

その次の91話ではこの中年女性 ZQN は英雄によって撃たれ(下図左)、藪のマーチにははねられ(同右)と、散々な目に合います。


92話でマーチのリアウインドウに見えたのも、マーチにはねられて顔面の陥没したこの中年女性 ZQN です。行きずりどころか、都合4話に渡って出ずっぱりの ZQN だったわけです。

この女性 ZQN の正体は、おそらく屋上に遺された少年の母親です。第75話の幕僚会議でブライは次のように語りました。
「ばーさんと孫がいるだろ。」「あの子の家族…かーちゃんも下にいてよ。」
「ずっとさまよってる。」「あの世を生で見せられてる気分だよ。」
ここでこの中年女性 ZQN と少年の顔を並べて見てみましょう。顔の輪郭、眉毛、鼻と口元の相似は、まごうことなく近親者間のそれです。

少年と祖母と一緒にモール屋上に疎開してきた母親は、自衛隊 ZQN がもたらした感染に巻き込まれ地上に落とされました。
地上をさまよい続けながら彼女の脳裏を占めていた想いが何であったのか。また、手を伸ばした先の鳥の姿に、何を重ねて見ていたのか。それは書くまでもないでしょう。

第93話は、生き残った少年に希望が託された回でした。
※記事中の画像は花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館)単行本より
(2013/05/31 17:14 投稿)