最近 visualization についていろいろ調べてるうちに気になったこと二題。

まず visualization の訳語として「可視化」、「視覚化」と「見える化」がありますが、後者がどうにも気にいらない。




日本語の特徴として漢語とヤマトコトバの混在が挙げられます。これはメリットでもありデメリットでもあります。

まずデメリットとしては漢語の使用が容易に「抽象化の階段」を登らせてしまい、議論がいたずらに観念論に走る、議論が具体性を書いた地に足のつかないものになりがち、という点があります。

一方メリットとしては、漢語をあてることで術語を地の文とはっきり切り分けるできる、特定のタームを定義しやすい、という点が最初に上がるでしょう。だいたいどんな学術分野でも術語というものはある程度以上に抽象的な観念であり、それに適した属性を持つ語彙群があることは日本語にとっても日本人にとっても幸せなことだと思います。

抽象概念の導入にあたって漢語でこれを定義し、それをヤマトコトバで説明する。とても便利な仕組みです。

英語の場合、いってみればすべてヤマトコトバであり、両者の切り分けが不便です。もちろん実際には英語の単語にも「ヤマトコトバ」にあたるものと漢語、外来語にあたるものはあるわけですが、日本語のように明瞭に区別できるほどのものではありません。

両者が近しい英語の場合、これはそのタームの理解には役立つ、すなわち抽象化の階段の低いところで理解するには役立ちますが、タームと地の分の説明には大変不便であり定義された術語として使われているのが普通の日常語として使われているのか読んでいて混乱することがあります。

たとえば enter という術語を採用したとき、地の解説文に enter という単語がでてくると読み手は混乱します。日本語であれば「導入」という術語が地の文に「入って」も混乱はありません。

「化」は漢語と結びついて新しくもう一つ別の漢語を生成するためのオペレータだと思います。上の趣旨からもそのオペランドは漢語であるべきで、ヤマトコトバを対象とすべきではないと思います。「見える化」はそうした日本語の便利な機能をわざわざ否定するような成語としか言えません。まぁ単純に「見える化」という語の響きがいかにも頭が悪そう、というのが第一ですけど。




Visualizationをそのままカタカナで記することもあります。私の場合はカタカナで書くとビジュアゼーションにしますが、他の方の Data Visualization に関するサイトを見るとビジュアライゼーションという表記も多いようです。

Googleで検索すると、どうもビジュアゼーションとビジュアライゼーションの比率は1:2.5 くらいで、我が軍は劣勢のようです(2012/12/30現在で、ビジュアゼーション:約 53,000 件、ビジュアライゼーション:約 135,000 件)。

実際の英語の発音はどちら(に近い)でしょうか?weblioで引いてみると、ここにはビジュアゼーションの方しか載っていません。

YoutubeでData Visualizationを検索して上から発音を聞いてみると、どうも両者が半々か、ビジュアゼーションの方がやや多いようです。「ようです」と書いたのは、もともと Visializationの第一強勢は”Vis”、第二強勢は”za”で、”li”はその間の弱勢であるため、話者が早口に喋ってるとどっちだか聴き取りにくいからです。

結論としてはビジュアゼーションの方が一般的ではあるものの、ビジュアライゼーションも普通にあり、ということになります。なんとなくイギリス英語だとビジュアライゼーションで、アメリカ英語だとビジュアゼーションのような気もしますが、あんまり自信はありません。

個人的にはビジュアゼーションの方がしっくりくるのでこちらを使い続けるつもりです。ビジュアライゼーションの方には、linuxを「ライナックス」と発音されるような軽い違和感があるからです。もちろんこれはほぼ好みの問題ですので、他人がビジュアライゼーションを使うのを否定するつもりは毛頭ありません(^ω^)

(2012/12/31 02:34 投稿)